恐怖との戦い
まさかの出来事だった。
どうしようもできなかった。
自分がなりたくて就いた仕事なのに、
こんなにプレッシャーを感じていたとは…
そう思い知らされたのは
名古屋で働き始めた1年目の秋。
結論から言おう。
髪が大量に抜けたのだ。
円形脱毛症というやつです。
本当にびっくりした。
しかも、円形ができたのが、
後頭部ではなく、おでこの真上!
隠せない!!
日に日に髪の毛が抜けていく恐怖。
シャンプーとドライヤーの後なんて、
床中髪の毛だらけだった。
ある日美容院で相談したところ、
おでこだけではなく、
頭全体に米粒程度のハゲが無数にできていたらしい。
毎日どんどん抜ける髪の毛を見て
本当に怖かったし、
絶望的な日々がしばらく続くことになった。
無意識のプレッシャー
名古屋で勤務する前は
山口の放送局に2年ほどいたので
一応経験者として採用していただいていたのだが
仕事スタイルがまるで違うのだ。
山口では、
アナウンサーの業務がメインではなく、
記者業務やディレクター業務などが多かった。
しかし名古屋に来てみると、
アナウンサーはアナウンサー業務しかしない。
要するに、
アナウンス業務に全てがかかっており、
しかも経験者で来ている以上、
失敗が許されないというか、
アナウンサーとしてのプレッシャーが
これまで以上に大きくのしかかっていたのだ。
そして
情報番組のロケやナレーション、
映画のインタビューなど、
山口では経験したことのない仕事も多く、
ニュース読み以外はほぼ初心者の状態だったのだ。
自分ではそこまで感じていなかったものの
期待に、いや期待以上に応えねば!
というプレッシャーを感じていたのだと思う。
しかも名古屋が
初めて暮らす場所というのも
あったかもしれない。
ロケでの悲劇
そんな状況の中、
ある日のロケが空港だった。
飛行機が見えるデッキでのことだった。
これでもかという強風だった。
髪の毛は風で舞い上がり、
おでこが丸見えに。
思わず反射的に
おでこを手で押さえてしまっていた。
隠したかったのだ。
本来なら、
手で顔を隠すなんて何やってんの!
とお叱りを受けてもいいところなのだが、
事情を知っているスタッフの人たちは
何も言わないでくれた。
優しい。。。
こんなことになってしまう自分が
本当に情けなかった。
ただ、周りに対しては隠そうとはしなかった。
変に気を遣われたくなかったのだ。
なので自ら
見て見て!
私のおでこがこんなことになってます!
と自分で言っていた。
1番嫌だったのは、
仕事に支障が出ることだった。
両横の髪の毛を前に下ろして切って、
前髪を作ってもらって、
なんとか乗り切った。
(不自然と言えば不自然だったけど)
個人的には
開き直っていたというか、
仕方ないや〜くらいに思っていた。
意外と前向きだった。
図太い…
考えてもどうにもならないことは
考えない性格でもある。
治り始めてからが大変だった…
1ヶ月くらいだっただろうか。
とにかく毎日抜け毛のオンパレードだったのが、
ある日を境にピタッと止まった。
そして、なぜか突然抜けなくなったのが
自分でもわかった。
これは!
治ったのではないか!?
という希望が見えた。
そう、抜け毛は治ったのだ。
しかしそうは甘くはなかった。
大変だったのはその後だったのだ。
抜けた部分から髪の毛が生え始めたのだ。
それがもう大変だったのだ。
短い毛がピヨーンと。
それがおでこを筆頭に頭全体に
真っ直ぐにツンツン短い髪の毛が生えている状態。
でも治ってよかった!
遺伝なのか
こうして私はなんとか
円形脱毛症から復活した。
しかしこの後、
私以上に大変だったのが
父親なのだ。
ある日実家に帰省した日のこと。
新幹線の駅に迎えに来た父親が
まるで別人になっていたのだ。
髪の毛が1本もなかった。
到底私の知っている父とは思えないくらい
別人だった。
話を聞くと、
どうやら私と同じように
円形脱毛症になったらしいのだ。
それが止まらなくなり、
髪の毛全て無くなったらしい。
でも原因はわからないというか、
これといった心当たりもないという。
さすが親子だなぁ。
その後はやはり突然治ったらしく、
今は元に戻っている。
当時美容師さんと話していた時に聞いたのは、
肌が荒れる、
胃にくる
髪の毛が抜ける
ストレスは
人によって色々症状の出方があるよね、
たまたまそれが髪の毛だったんだね、
ということだった。
ストレスやプレッシャーは本当に良くない。
程よく向き合っていかねばと
自分の心と体に向き合った出来事だった。
それを乗り越えてからは
プレッシャーは相変わらずあったものの
色々仕事で経験させていただき、
充実した名古屋生活を送ることができた。
色々あったけど
色々ありましたが!
今となっては過去のこと。
当時、
年に一度の夏休みに
ローマへ旅行に行こうとして、
出発の時にパスポートの手違いで
行けなかったことがあった。
周りの人からは、
その時のショックが原因じゃない!?
といじられた。笑
人生色々大変なことはあるけど、
こうやって乗り越えたのも今となっては
思い出。
ストレスやプレッシャーと
うまく付き合っていくのはなかなか簡単にはいかない。
当時はまだ若かったなぁと思いながら
過去を振り返って見ました!
オーマイガッ!!!